「今日はジョウトでたくさんポケモンをゲットできたなー」
夜遅くサクラギ研究所に戻ったゴウは、二段ベッドの上に寝転がりながら、スマホロトムを見ていた。
一緒に帰ってきたサトシやピカチュウはもうぐっすり眠っている。
隣で横になっているヒバニーもうとうとしている。
でも、ゴウには「ポケモンをゲットしたらそのポケモンのことを詳しく知る」という日課が残っていた。
「ミュウにたどり着くため」にすべてのポケモンをゲットすることを目標にしてから、どんどん増えていく自分のポケモン達を理解するためには、最初が肝心だ。
出逢った時の印象と図鑑の情報を一緒にインプットすることで、記憶により強く残すことができるのだ。
「スズの塔で邪魔をしてきたムウマとオドシシにはびっくりしたよなぁ…」
冒険の余韻に浸りながら図鑑を見ていたゴウだったが、今日はもう1匹ゲットしていたことを思い出した。
エンジュシティを出てすぐのところで、長い耳をぴこぴこさせて草むらから出てきた…
「そう、オタチ」
その後の冒険があまりにも印象的だったせいで薄れていたが、ジョウト地方に降り立って初めてゲットしたポケモンだった。
「目が合ったらこっちに寄ってきたんだよな」
人懐っこく可愛らしいその姿を思い出しながらスマホロトムで図鑑を確認する。しばらくすると、画面をスワイプする指が止まった。
「警戒心が…強い…?」
あんな人懐っこい印象だったオタチの図鑑に、意外な言葉が出てきた。
更に読み進めたゴウは、慌てて飛び起きた。その勢いにヒバニーもびっくりして目をこすり起き上がる。
図鑑には「群れからはぐれると怖くて眠れなくなる」と書いてあった。
1匹だけで出てきたから意識していなかったが、あのオタチもたぶん、群れで生活していたのだろう。
目が合った人間に突然ゲットされ、遠く離れたカントー地方に連れてこられて、知らないポケモンがたくさんいるサクラギパークに置き去りにされた。
オタチの立場からしたら、今はこのような状態なのだ。きっと不安を感じているに違いない。
すぐオタチと話をしなければ。
ゴウとヒバニーは、サトシ達を起こさないようにそっとベッドを降りてサクラギパークに向かった。
***
夜のサクラギパークは、夜行性のポケモンが少し動いている音が聞こえる程度で、非常に静かだ。
寝ているポケモンを驚かせないように、懐中電灯を最低限の明るさに絞り、そっと足を運ぶ。
(オタチを放したのは、入り口近くだったはず)
入口近くにある、木や草むらが茂っているところを探っていくと、木の根元に小さく縮こまっている長い耳を見つけた。
「オタチ」
すぐに近寄ろうとするヒバニーを制し、ゴウは小さな声で呼びかけた。
オタチは、ちらっとこちらを見て、また下を向いて尻尾をぎゅっと抱え込んだ。
ゴウは、音をたてないようゆっくりと座って、少し離れたところからオタチに声を掛け続けた。
「ごめんな。突然何の説明もしないで連れてきてしまって」
オタチは無言だったが、話を聞いてくれているようだった。
「俺さ、すべてのポケモンをゲットするという夢があるんだ。この世界には、たくさんの地方があって、たくさんのポケモンがいる。
サクラギパークには、ここカントーやジョウトだけじゃなく、ガラル地方、ホウエン地方、シンオウ地方のポケモンがいる。
みんないい奴らだけど、オタチは群れにいないと不安なんだよな」
オタチの耳がぴくっと動いたのをゴウは見逃さなかった。
「無理に仲良くしようと頑張る必要はないさ。サクラギパークは広いから、みんなが顔を合わせるのはご飯の時くらいだし。
でも、どうしても不安だったら、サクラギ博士の研究所につながる秘密の入り口があるんだ。もしよかったらついてきてほしい」
ゴウは音を立てないよう立ち上がり、ゆっくり歩き始めた。ヒバニーも少し距離を置いてついてくる。
秘密の入り口の近くで立ち止まると、オタチの気配を感じた。ついてきてくれたようだ。
「ここの草をかきわけると、ドアが出てくる。ここを押せば研究所に入れるから。ここなら他のポケモンも来ないから安心して」
それだけ伝えて、ゴウとヒバニーはまた音を立てないよう部屋に戻った。
***
「今朝研究所に来たら、オタチがソファの端っこで寝ていたわよ。ポケモンフーズも少し食べたみたい」
朝食の後、サクラギ研究所に行くとキクナが教えてくれた。
「他のポケモンに慣れるまでは、研究所が安全な場所だと思ってもらえた方がいいわね」
「うん、ありがとう」
昨晩サクラギパークを出てから、ゴウはキクナとレンジにオタチのことをメールしていた。
「ちょっと調べてみたんだけど、オタチをパートナーにしている人は結構いるみたいで、専用コミュニティがあるみたい」
「専用コミュニティ?」
「情報を交換したり、新しい子にオンラインで顔見せをしたりして、オタチが早く生活に慣れるような方法を考えているんですって」
「へぇ…ちょっと見てみるか」
「大きなモニターがあるから、研究室のPC使っていいわよ」
お礼もそこそこに、ゴウはPCでオタチコミュニティの検索を行った。
***
「オタチ、ちょっといいか?」
数日後、ゴウは研究所のソファに座るオタチに声を掛けた。
「これから、人間と暮らしているオタチたちと顔見せのイベントがあるらしいんだ。参加しないか?」
「…タチ!」
オタチはゴウを見て耳をピンと立てうなずいた。
研究所の大きなモニターに、参加したトレーナーの顔が映し出されている。今日は5人くらい参加しているようだ。
「今日は顔見せ会に初参加の人がいらっしゃいます。初めましてゴウさん」
「よろしくお願いします」
「こうやって離れて暮らしているオタチたちがお話をするだけの会だから、気軽に参加してくださいね」
司会の人の顔の下から茶色い耳がぴょこんと飛び出している。
ゴウはオタチをカメラの前に座らせて、横で見守った。
程なくして、画面にオタチが何匹も現れた。
「タチ!チー!」
途端にオタチは画面にかじりついて他のオタチたちと話し始めた。
嬉しそうに尻尾をぶんぶん振っている。ジョウトから連れてきて初めて見るリアクションだった。
(よかった)
その様子を見て、ゴウはそれまでのわだかまりが少し解けた気がした。
***
「…で、オタチが自由に会話できるようにシステムを作っちゃったんだ?凄いねゴウ君」
レンジが目を見開いた。
「ふふ、それくらい朝飯前っしょ」
ゴウはタブレットでオタチたちが自由に会話をできるシステムを開発し、コミュニティのメンバーと共有した。
時間を決めて集まるだけではなく、その時会話できる相手を選んで話をすることができるようになり、評判は上々だ。
「でも、最近研究所であまりオタチを見かけないような…」
「うん、さっきはコラッタと遊んでいたのを見たよ」
「…そっか、慣れてきたんだね、オタチ」
キクナは目を細めた。
オタチがこの環境に慣れつつあること、そして、最初はただたくさんのポケモンを捕まえることを目標にしてきたゴウも、オタチの気持ちに触れて少し変わったように思えて。
「そうだ、明日からサトシとイッシュ地方に行ってくるから、サクラギパークのことよろしく」
「そう、気を付けてね。ポケモンたちのことは私たちに任せて」
ポケモンフーズをもりもり食べ、堂々とした態度のオタチを見てキクナとレンジが驚くのは、それから少し後の話。